じゅんこイズム ~詩とか怪文書~

私の隙間に住み着いたあれやこれやを綴ります。好いてくれたらうれしいですが嫌ってくれても良いのです。

先日、母との会話から

母は障害者手帳を持っているし、人工透析をしています。生まれつき体も弱いし生死をさ迷うような事故も経験しています。

でもいつもパワフルで走り回っているから誰も信じない。

 

つい最近、身近な方を二人、共に膵臓癌で無くしました。一人は母よりも若く、持病も無かったようです。母はショックを受けていました。

 

どんなに病気でも嫌なことばかりでも『お役目』の終わってない人はあちらへ呼ばれない(自死は別)。

 

あの人の生まれた意味は、亡くなった意味はなんだったのだろうと苦しむ必要はなくて。それを考えるのが残った人の『課題』。

   

 

生きている幸せや課題から目を背けるために故人を利用してはいけません。今あるものを見つめて味わってください。それはこの先何を得ても、失っても重要なことです。

 

魂のお役目が終わったのだから、死は悲しいことではありません。ただ、会えなくなることが悲しいのです。私達の知り合いは皆、急に引っ越したり忙しくて「最近会っていないだけ」(笑)。記憶の中で今日も笑っています。と母に伝えました。

ひゃくぶんのいち

わたしがわたしをすきじゃなかったら、だれがすいてくれるの?っておもう。 

  

先日、わたしの「かっこい人」とやっと会えた。今年はパフォーマンスをしていきたいのだ、とお話しした。エキセントリックな内容ゆえ「そういうのはじゅんこさんみたいに(見た目に)自信のある人なら良いのだけど・・・」と言われた。  

それ、違う。

 

わたし、菜々緒ちゃんやローラちゃんがパーフェクト美人って思うの。でも100人中100人が『ど真ん中ストライクです❗』と言わないとも思うの。美しいと【好み】は違うから。

 

例えば100人中1人、1000人中1人でもいい、わたしを好きだと言う人がいたらそれでいい。わたしの世界にはその人だけでいい。その人の存在を信じてる。その人の情熱を信じてる。

 

だから自信なんかないし、いらない。わたしにあるのは【他信】なんだ。

無題

遠くても近くてもいい

もう見えているのだから

背中に風を感じて

一人ひっそりと生きる

砂に足をとられて

また一人 起きあがる

明けるような

暮れるような

はりつめた予感に

胸をざわつかせて

一歩 また 一歩

少しずつ たどりつく

父とのこと 2

つづき

 

私には姉のように賢い頭も根性もなく働くなんてきっと出来ない。いつか私にも良い人ができたら、結婚してもらえたら、やっと父に認めて貰えるに違いない。

 

だからこそ、適当な男性たちから言われた『結婚しよう』に極限まですがりついて、いつも気がついたら傷だらけになっていました。

 

男の人はみんな嘘をつく。

男の人はみんな根性なし。

男の人はみんな私を

 

物だと思う。

 

私の誕生日に親友と浮気したDV。海外で起業するから付いてこい就活するなと言って散々こき使って卒業直前に振った挙げ句ちょくちょく関係を迫ったモラハラ

 

信じちゃいけないのは知ってた。でも必要だった。その時の私には稼ぎが無かったから。

 

 

開き直った私は男の人を軽んじるようになりました。二十歳そこそこでしたが私にとって

 

男性=『男みたいな生き物』。

 

もう誰のことも信じない。誰とも結婚しない。

 

 

一方で「こんな私で良ければどうぞ、外身だけですが。」と真剣に私と向かい合おうとする人達を関係しては適当にあしらい、まるで復讐のように傷付けました。

 

そんな中、

妊娠しました。

 

 

OLとして上手く行き始め、やっと一人暮らしが出来そうな矢先でした。

 

自堕する以外の選択肢を持たない私に担当医はエコー写真を見せて言いました。

 

「ほら、ここに居ますよ。」

 

 

 

 

 

 

 

報告はできるけど私、誰にも上手に相談ができない。

 

父なら反対してくれると思って伝えたら、口を聞いてくれなくなってしまった。

 

 

どうしていいか分からず、妊娠を理由に1か月で事実上解雇になり、死にたい気持ちで結婚を決めました。主人と挨拶する日の父はわざと映画で時間を潰して随分遅くなって帰宅しました。

 

今思えば、

そう、

今思えば、なの。

 

そう。

 

なんで分からなかったのかしらね。初めっから幸せを願われていた事を。父もまたもどかしさを感じていた事を。

父とのこと

幼い時の父は厳しくて気難しい人でした。怒ると怒鳴るし手も上げるし、一度怒ると暫く口を聞いてくれませんでした。

怪我をすることや閉め出されることはありませんでしたがとてもとても怖かったのです。

 

今思えば祖母と母の不仲や父自身が親戚から下に見られていたことへのフラストレーションだったのかも知れません。

 

姉や私が思い通りにならないと子ども相手に

『働いていないのに』

『嫌なら出ていきなさい、出ていくなら今まで(養育に)かかった金を払いなさい』

 

と経済に対する劣等感を植え付けました。

 

姉は先を見越して良い働き口を見つけるために勉強し、資格を取ってさっさと家を出ました。

 

二人姉妹でしたが私は何処へ行っても下っぱで甘やかされ「あんたなんか何にも出来ない」と姉に言われた言葉を信じ『私がこの家を出るには男性の力を借りる(結婚)しかない』と思うようになりました。

 

今思えば笑い話ですが、誰でも良いから早く結婚しなければと10代の時から思っていました。

 

つづく

 


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明日への作品集 【11月】

【11月】

僕は君のことが好きだよ。

 

持っているものを持て余して

 

いつも少し病んでいて

 

ちょっぴり無理して作る笑顔も

 

時おり見せる横顔も

 

君が僕に何にもくれなくたって

 

僕は君が好きだ。