じゅんこイズム ~詩とか怪文書~

私の隙間に住み着いたあれやこれやを綴ります。好いてくれたらうれしいですが嫌ってくれても良いのです。

イケない理由 2

1のつづき。

 

 

物理的に報われることはもちろんあるのだけど、

どんなに

痛かろうが

辛かろうが

頑張ろうが

 

人生に出口なんかなくて

 

 

 

今していること

今感じていること

 

 

永遠に続いて行く。

 

だって実は自分でそう選んでいるのだもの。

 

何かを成し遂げたご褒美にハッピーやポジティブがやってくる訳じゃない。

 

そう思った。

 

 

だから、辛いなら

 

今していること

今感じていること

 

 

変えて行けばいい。

わたしたちにはその力がある。

 

 

 

 

 

わたしは自尊心や完全性に関わる事案に過敏に反応していると気付いた。

 

 

具体的には

 

わたしの

 

存在の 肯定/否定

行動の 完遂/未完

 

を指摘されると弱いらしい。

 

過去からの学習でこうなったのだろうからある意味仕方がない。理屈抜きにそう感じるのだから理由を考えるのは無駄に思う。

 

他人の言動に依存せずにそのツボを「自分で」満たして行ければ軋轢に翻弄されることはなくなるし、恐れやこだわりも手放すこともできる気がする。

 

 

 

 

わたしより素敵な人は沢山いる

わたしより出来ない人も沢山いる

 

その基準はわたしが勝手に決めている。みんなも勝手に決めている。

 

比べることに何か意味があるんだろうか。

 

 

できなくていい

ダサくていい

放っておいていい

知らなくていい

嫌っていい

 

 

長い間

意思や欲求を

消すことで

放棄することで

自分を守っていた。

 

 

ただ、ただ

生きていることを世界に許されたかった。

 

 

それを辞めようと

 

やっと本気で思えた。

 

 

 

わたしはこれがすき

わたしはこれがいや

わたしはここがすき

わたしはここがいや

 

それを捨てない

それを弁解しない

それの承認を求めない

 

 

自分でありのままを認められなければさらけ出すことはできない。隠すものがないからこそ快感を受けとめられるのに。盾は光を通さない。

 

 

 

なぜ頑(かたく)なにわたしは自分を抑えてきたのか

 

 

 

ああ

 

 

 

 

気付きたくなかった。

 

 

 

 

これは《封印》だったんだ。

 

 

幼い日、自分自身に戦慄した。世界を燃やし尽くしてしまいそうなわたしの光。わたしの源。

 

 

 

 

 

 

 

世界のために

家族のために

人として生きていくために

 

 

 

 

飼い慣らせない

殺せない

隠すしかなかったそれは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怒り。