イケてない理由 1
分かっていても忘れてしまう。
知っているのに実行できない。
そういう事がよくあります。
自分でその状態に気付いているのに自責してばかりで行動に移せない時もよくあります。
前々から言っていないとやってくれない家族にうっかり急ぎの用をお願いして断られてヘコんだり、でもまたしばらくして全く同じように頼んでしまったり。
本当はこうしたらいいのに、
本当は嫌がるの知ってるのに、
わたしのタイミングで「こうして欲しい」を手放せなかったり。
私達は何かがうまく行かないとき、ついイライラして焦って、なんだか無性に腹が立って、気付くとそれで貴重な時間を消費してしまう。
けれど、生きていく上での心地良さや気持ち良さは決してタダで与えられる物ではなくって過去のラッキーですら、よくよく考えるとちゃんと自分から取りに行ってる。
自分は何によって気持ちが良くなるのか。何によって幸せを感じるのか。何を望まないのか。何を大切にするのか。
答えは世界のどこでもなく「自分」の中にしかない。
わたしが答えを決めていなければ周囲の人間も神様も何をしてあげたらいいか見当が付かないのは当たり前。
ないものねだりしてもわたし以外は答えを聞く方法がない。
普段のわたしはどんな刺激にどんな反応をしている?
好きな単語、考え方、言い方
嫌な単語、考え方、言い方
良く見て
良く感じて
ひとつひとつの小さな出来事と
ひとつひとつの小さな心の動き
を細いリボンで丁寧に
何組ものペアに繋いで
とっちらかった心の中を
静かにシンプルに整頓していく。
こだわり
思い込み
正義
常識
本当は良い事なのになんだかしっくりこない
本当は嬉しい事なのになんだか不快になる
理屈は分からなくても感じてしまうことを正直に認めること、誰にも裁かせずに。
だって
みんながみんなと同じでいいなら
きっと神様はわたしを創らない
人生に出口なんかなくて
今していること、感じていることが永遠に続いて行くだけかも知れないなと思うことがあります。
喧嘩しない方法は知ってる
嫌いにならない方法は知ってる
ご機嫌になる方法も知ってる
好きでいられる方法も知ってる
できないのは
なるべく良い気持ちで生きよう、と決めきれていないから
足を掬われてしまうのはそういう時なのかも知れません。
微笑合掌