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じゅんこイズム ~詩とか怪文書~

私の隙間に住み着いたあれやこれやを綴ります。好いてくれたらうれしいですが嫌ってくれても良いのです。

アートへの考察② 音と詩と舞 ~作曲と振付~

 卵が先かひよこが先か。

 

 

二つ以上の要素が絡まる作品は作り手によって流儀があるようです。

知人のソングライターは歌を作る際、音から作って詞をあてると言います。しかしながら、制約のある作詞になるので、自由に書く詩に比べ「内容が薄くなっちゃう」のだそうな。

わたしも他で作詞を頼まれたことがあるのだけど、音に当てはめるためにはまず「節(ふし)」をとるセンスが問われるな、と思いました。短い単語を無理に伸ばして曲と合わせたり曲調を無視して早口に詰め込んでは曲も詞も良さが半減してしまう(先に詩を書いて後から曲をつけるとだいたいそうなっちゃうので聞いたらどっちを先に作ったか分かる人には分かる)。

 

決まったメロディーとテーマに嵌めていく作業は俳句や短歌のようでわたしは比較的得意な分野です。七五調にしとけば大体嵌まるのは不思議。

 

でもカッコよいか、伝わるか、は別問題。例えば普通に歌手が歌う曲とミュージカル楽曲では単語の重量も違うのですよね。一般の楽曲ならBGMで心地よく聴けたりカラオケで歌いやすくないと大衆受けしないでしょうし、ミュージカルの曲で抽象的な表現だと聞き手に刺さらない。

 

ちなみにドリカムの吉田美和さんは「詞と曲が同時に降りる」のだそうな。天才っているのね(笑)と思います。わたし、歌も好きなので曲が書ける人に憧れます。

 

 

一方、最近わたしは舞台を使ったパフォーマンスをしたくて色んな方に助言を頂いているのだけど、とある舞踊家の先生は振付について「完全に音が先」って仰ってました。それも「必要な時に良い楽曲が降りて来る(ように見つかる)」のだそう。もうなんか愛されてらっしゃる。わたしは自分の表現したいものを固めてから楽曲を決めようと思っていたのだけど、理屈より感覚に頼った方が良いものができるのかも知れませんね。いろんなタイプの方がいるのだろうけど。

 

 

パフォーマンス(LIVE)にとって音って一番大切な要素なのかもね。何を今更・・・なんだけども二人のお話を聞いて、場の空気を作るのは視覚や言語ではないのかもって思いました。

 

 

音楽は香り、

視覚は味、

言語は原材料、

 

みたいなことかしら、と。帰り道の焼き鳥屋と同じ。

 

屋台は見えないけど匂いで惹きつける、

食べたら美味しい、

え?そんな高いの?あー国産なんだどうりで。

 

みたいな。意味が解るのは一番最後。

 

 

悔しいけれど詞は最後のお役って感じかもしれないですね。舞踊に関しては必ずしも必要ないし(しいて言えば題名やテーマかしらね)。作品にとってメッセージは根幹だし大本なのだけど、受け取りやすい形状ではない。どのように訴えていくかの部分で「MC」だったり「パンフレット」だったり「アナウンス」だったり「歌詞カード」だったり使い分けするのね。ふむふむ。そんな視点で作品に触れると、また味わいが変わるかも知れません。とっても面白そうだからそんな文字のお仕事あったら誰かください(笑)。

 

 

理屈ではなく、もっと体で感じる部分も大切に育んで行きたいわたしです。

 



あ、これも。

 http://jawjawjezebel.hatenablog.com/entry/2017/04/22/180926 

 



微笑合掌